僕の適応障害の記録

適応障害で休職中のアラフォーWebディレクターが復活するまでを綴るブログです。

イマジネーション

「ヨガに行ってみたら」と妻が言った。
数年前に心療内科にかかったことのある妻の親友から、僕へのアドバイスだそうだ。

 

会社を休んで約一ヶ月。
仕事から離れることで体調は回復したものの、日に日に時間を持て余すようになった。
仕事を休んでいることをストレスに感じてしまう、よくわからない精神状態になっている。
先生からは、なるべく脳を使わないようにと命じられているため、カフェに行く、ブログ書く、映画見る、散歩する、自転車に乗る、銭湯にいく、ウイイレするぐらいが選択肢で、それをどうにか組み替えながら、日々時計の針が進むのを待っている。

 

不思議なもので、やることなく過ごす1日はとても長く感じるのだが、1週間はあっという間に過ぎていく。
どういうメカニズムなのかはわからない。
ただ、クソみたいな1日を送り続けると、人生はあっという間に終わるんだろうなということに気がついた。

 

先日の朝のこと。
いつものように妻は朝食の支度をし、私はその支度が整うのをただ待つ。
平日はパン一択の我が家だが、休日はカップラーメンやカレーといったバラエティに富んだメニューの中から、各々が食べたいものを選ぶというスタイルになる。

 

「ヨガに行ってみたら?」と妻が言った。

 

ヨガ。古代インド発祥の伝統的な宗教的行法で、心身を鍛錬によって制御し、精神を統一して古代インドの人生究極の目標である輪廻転生からの「解脱」に至ろうとする、あのヨガ(ヨーガともいう)のことか?

 

もちろん知っている。1990年代後半以降、宗教色を排した身体的なエクササイズとして、身体的ポーズ(アーサナ)を中心にしたフィットネス的な「現代のヨーガ」が、世界的に流行していることぐらいは、私も知っている。

 

想像してみた。
最近、小洒落たカフェが2Fの空きテナントに入居したことで、今まで誰の目にも止まらなかったおんぼろビルから、アンティークな香り漂うかわいいビルに変貌を遂げた、大通り沿いの雑居ビル最上階。
コンクリート打ちっぱなしの壁に配管むき出しの天井。
床は肌触りにこだわった自然素材のフローリングだ。
昭和レトロな窓には白くて長いカーテンがかかっている。

 

部屋では、レッスンが始まるのを待つ生徒たちが、楽しそうに談笑している。
保育園に子供を預けてきたママ友たち、綺麗な長い黒髪を後ろで一つに縛りストレッチをしているOL、今日が初めてです感を醸し出したジャージにTシャツの二人組女子大生。
グレーのカプリパンツに白のキャミソールという出で立ちのインストラクターは、レッスンで使用するBluetoothスピーカーの設定をしている。

 

入口の扉を半分開け「体験レッスンに来たんですが…」という僕。
「あ。お待ちしてました。どうぞどうぞ。」と笑顔で招き入れるインストラクター。
好意的な態度で、おじさん混じっても全然平気ですよ感を出しながら、実際はちょっと引いている女子たち。
女子集団におじさんが混じるという「異物が混じること」への拒否反応は、論を俟たない。
しかも僕のお腹はぷよぷよしているのだ。

 

動悸がしてきた。想像するだけで。
僕にヨガ(ヨーガともいう)は、少しハードルが高すぎる。色んな意味で。
そもそも、あれは意識高い系女子が女子力をあげるためにやるものではないのか。
僕が今欲しいのは女子力ではなく、ストレスフルな社会に適応する力だ。

 

「そうだね」と妻に返事をし、テレビに視線を戻した。
いつも観ている朝の情報番組のMCが、新しい人に変わっていた。

アントシアン

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友人である岡崎夫妻に誘われて、登山に行ってきた。
心身ともに不安はあったものの、家で引きこもっているんじゃないか?と僕を連れ出してくれようとする友人の厚意なので、ありがたく受けることにした。

 

早朝5時出発。
近所迷惑にならないよう「おはようございます」と小声で挨拶をし、車に乗り込んだ。

 

適応障害になって会社を休み始めて、最初に会ったのもこの岡崎夫妻だった。
元々は同僚の元職場の飲み仲間、つまるところ「友達の友達」という関係から始まった。
何組かの夫婦で定期的に集まり飲み会をしていたが、いつからか家が近所ということと、お互い子供がいないため都合がつきやすいということもあり、僕たち夫婦と岡崎夫妻だけで会う機会が増えた。

 

岡崎夫妻は、二人ともビールが好きだ。
飲みに行っても基本的には最初から最後までビールであり、ビール以外を頼むことはまずない。
先日友人宅でBBQをした時、珍しく奥さんがレモンチューハイを飲み、その後体調が悪くなったことがあった。
奥さんは「原因はアルコール度数が9%であったことだ」と何故か強く言い張っているが、ビール以外のアルコールを飲んだことが原因なのは明らかだ。

 

話をもとに戻す。
今回登る山はこの地方で一番高い山で、山頂付近がちょうど紅葉しているらしい。
紅葉ベストシーズンのため駐車場が早くに埋まってしまうという理由で、早朝5時出発ということになった。
案の定、登山口につながる有料道路は渋滞ができるほどの賑わいで、駐車場も朝の7時にほぼいっぱいになっていた。
常に無計画な僕たちと違い、岡崎夫妻はこのあたり抜かりがない。

 

天気予報は晴れの予報だったが、登山口は真っ白い霧に覆われていた。
「キムタクと中山美穂が出演していた『眠れる森』というドラマに出てくる森みたいだね」と妻が言った。
「あぁ、わかるわかる」と答えたが「眠れる森」の森がどんな感じだったかどうかは、正直覚えていなかった。
ただ、目の前に広がる白い霧に覆われた森は、「眠れる森」というネーミングがぴったりだった。

 

頂上までは約4.6km。所要時間は2時間半程度。尾根伝いの登山道を上り下りしながら進んでいく。
見渡す限り周囲を真っ白の霧に覆われた登山道。
紅葉を楽しむことは疎か、今自分たちが標高の高い場所いることを認識することもできない。
時折、黄色の落ち葉で埋め尽くされた足下を見て、自分たちは山に紅葉を見に来たのだということを思い出す。

 

登山道で人とすれ違う際は、「こんにちは」と挨拶をするのが登山のマナーでありルールだ。
一日で何十人、いや何百人と挨拶をする。
休職してから、家族と病院の先生ぐらいとしかコミュニケーションを取ってなかった僕は、「こんにちは」の一言だけではあるが、たくさんの人とコミュニケーションをとれることが何より楽しかった。
そういえば、今の会社は挨拶をする文化がない。
したい人はする、したくない人はしない。
「個を尊重する」という会社の方針が、マイナスに作用してしまっている結果の一つだと正直思っている。

 

なんとか頂上に到着。
相変わらず周囲は真っ白で何も見えない状態だったが、頂上に到着したという達成感は格別だった。
神社にお参りをしたあと、岩場に腰掛けて買ってきたコンビニ弁当を食べていると、突如、霧が晴れ、視界が開けた。
空に向かって突き出ているような断崖絶壁の頂に、赤・黄・橙の秋の色に染め上げられた木々が力強く立っていた。
まわりの登山客たちが一斉に立ち上がり、「きれいだね!」「見えたね!」と大きな歓声をあげた。
諦めていただけに、霧が晴れた時の喜びや感動は一入だった。

 

今、僕は霧に覆われた日々を過ごしている。
だとしたら、いつかこの霧が晴れたとき、普段の日常がいっそうきれいで美しいものと感じることができるのではないだろうか。

 

「今年は色がいい」

隣に立っていたおじさんが、一眼レフを覗きながらそうつぶやいた。

 

…あ、オチないです。登山だけに。

ウソップのクリアファイル

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僕が通院している心療内科は、大きな市民病院の真向かいのマンションの1Fにある。
午前中は市民病院の駐車場が満車で、駐車待ちの車が列をなしている。
心療内科の駐輪場は道路に面した入口の真横にあり、自転車を停めている最中は、暇を持て余した駐車待ちの運転手の注目の的となる。

 

視線を感じながら「えぇ、そうですそうです、ちょっと心の病気になってしまいまして。あ、あなたたちも急になるかもしれませんよ。僕もまさか自分がなるなんて思ってもみませんでしたからね。」と話しかける。心の中で。もちろん、適応障害含め心の病気は誰でもなりうる病気であり、恥ずかしいことでもなんでないわけだが、少しこの辺は心療内科側の忖度があっても良いものだと思う。

 

昨日は2週間ぶりの通院日だった。一進一退を繰り返しながら、徐々に良くなってきている気がする。何を持って「良くなってきている」と言うかというと、こうやって誰が読むかわからない文章を時間かけて書いたり、目的なく自転車で街をフラフラできる精神状態の時間が日に日に増えてきているからだ。

 

僕は心療内科の受診の際、「◯月◯日 心療内科受診用 症状記録」と題したA4の資料を持参する。前回の受診日からの体調の変化、良くなったこと、悪くなったこと、気になること、先生に相談したいことを箇条書きにしてまとめたものだ。

 

10月3日 心療内科受診用 症状記録

●悪い
・朝と夜はほぼ必ず、日中は規則性なく、抑うつ状態になる
・波がある。良いときの悪いときの差が激しい。
・会社から連絡が来たら動悸がした。吐き気もした。
・時々、頭痛がする
・何をやるのも億劫で動くのが面倒になる時がある

●良い
・散歩にいくと気分が良くなる
・自転車に乗っていると気分が良くなる
・文章を書いていると集中できる
・早く働きたいと思った瞬間があった。一瞬。

一部抜粋


こんな感じ。「漏れなく伝えないといけないことを相手に伝えるために、伝えないといけないことを箇条書きリストにして、それを相手に見せながら喋れ」という、いつぞや上司に教わったやり方を心療内科の診察でも実践している。

 

問診とは「医師が患者を診察する際、病状などを尋ねること」であり、診察の主導権は向こうだ。特に心療内科の場合、質問に対してのリアクション、間を見たりすることもあるらしいので、こちらからリストを順番に説明するようなことはせず、訊かれたことを答えるというスタンダード・スタイルをとっている。

 

であれば、わざわざ箇条書きリストを作らなくても良いのでは?と思うかもしれないが、自分の症状を漏れなく伝えることが目的なので、最終的にその用紙を先生に渡しておけば、本来の目的は達成できるわけだ。
今回も診察終了後、先生に「またまとめてきたので一応渡しておきます」といって資料を渡してきた。

 

しかし、診察を終え受付で会計を待っている時に、ふと気づいたことがある。
僕の日々の症状を記録した箇条書きリストを入れていたクリアファイルが、「ウソップ」のファイルなのだ。

 

ハッとした。

 

ウソップである。ご存じない方のために説明をすると、ウソップとは、国民的人気漫画「ONEPIECE」に登場するキャラクターで、その名から推測できる通り「嘘つき」なのだ。ウソップの嘘は仲間を守るための嘘だったりするわけで、勇敢で仲間想いのナイスなキャラであるということはONEPIECEファンのために言っておきたいが、それは今回は重要でないので割愛するとして、一進一退の症状を正確に先生に伝えようと取り出したクリアファイルに、その「ウソップ」が全面に描かれていたのだ。

 

なぜ僕はこのファイルを選んだのか。

数あるクリアファイルの中でなぜわざわざウソップを選んだのだろう。ルフィーでもゾロでもナミでもサンジでも誰でもよかったはずだ。もちろんチョッパーでも。
そもそもなぜONEPIECEなんだ。無地の透明のいっぱいあるやつで良かったのではないか。

 

先生は困惑してはいないだろうか。

何が本当で、何がうそっぷなのか。30分近く喋っていた最近の調子、薬を変えたことでの体調の変化、復職への不安は全部うそっぷだったのか。あいつ、うそっぷなことばっかり言って、本当は全然健康なんじゃないのか?適応できてんじゃねーのか?
あ、もしかしてこの症状がうそっぷであってほしいとか、そういう願掛け的なやつ?え、なんかサムくない?
とか思われていないだろうか。

 

まだ自分には正常な判断力がないということをまじまじと見せつけられ、待合室で呆然とする。
思考力・判断力の低下は、適応障害の症状の一つである。
社会という大海原に再び出航するには、まだまだ休養が必要らしい。

アイロンの音

2階から、母がかけるアイロンの音がする。
アイロン台にアイロンを押し付けるたびに床を伝わってゴンと鈍い音がする。

 

「別にあんたが居ても居なくていいんだけど、またお昼ご飯作って持って来てもいい?」
先週母が家にご飯を持ってきた来た際、そう言って帰っていった。居ても居なくてもいいのであれば、母の自由にしてもらってかまわない。お好きにどうぞだ。

 

僕は、母の「自慢の息子」だ。母親の命をとるか赤ちゃんの命をとるかという究極の選択に「両方」と答えた父のわがままのおかげで、母子ともに無事この世に生まれ落ちた。両親と5歳離れた優しい姉のおかげで、反抗期もなく素直にすくすくと普通の子に育った。中3の三者面談の時、担任の先生が「人畜無害の子です」と言い放ったことは、今でも我が家で語り継がれている。中の上くらいの高校に進学し、中の上くらいの大学を出て、それなりの企業に就職した。そして、結婚もした。

 

僕の妻はまぎれもなく「いい嫁」だ。最近は、僕が知らない母親のことを妻が知っていたりする程、仲良くやっている。母が家に電話をかけてきた時、僕が電話をとると残念そうなリアクションをする気がする。このことを妻に言うと、絶対そんなことないと否定されるのだが。

 

季節ごとのイベントは、両家の家族が集まりみんなで食事をしながら過ごす。こんなアメリカンな習わしが我が家に取り入れられてているのは妻のおかげだ。妻が素晴らしければ素晴らしいほど、「いい嫁」を連れて来た!と、僕の息子としての評価が上がる。
「自慢の息子だから、体にきおつけてください」(原文ママ
そういえば、先日、僕の誕生日に母から送られてきたメールにもそう書いてあった。

 

そんな自慢の息子が、適応障害という病気になった。自慢の息子が、すがすがしい秋晴れの月曜日に、会社に行かず家でパソコンをいじっている。

「ぴーさんが、適応障害っていう病気になって会社を休んでいる」と母親に告げたのは妻で、僕はその場にはいなかった。妻によると、驚きはしたものの、想定内のリアクション(泣いたり取り乱したりすることはなかった)であったらしい。「あの子はそういうのにはならないと思っていたんだけどねー」と何度も何度も言っていたそうだ。

 

「あの子はそういうのにはならない」確かにそうだ。何事も真正面からは向き合わず、何かあったらサラリと身をかわせるような生き方をしてきた。社会人になって18年間ほど、サラリーマンとしてそれなりにやってきた。それなりに出世もして、それなりのマイホームも建てた。平凡ではあるが、平凡を好む母親にとって、僕は「自慢の息子」であったことは間違いない。

 

僕も母親にとって「いい息子」であろうとしていた。人生の大きな選択、決断をする際、母がどう思うだろうという視点は常に持っていた。もちろん、最終決断は、自分がどうしたいかで決めていたとはっきりと宣言しておきたい(マザコンではない)が、母が喜んでくれるかどうかという要素は、重要なポイントだった。

 

そんな母が、6年前、癌になった。仕事中に父から電話があり、母が緊急手術をすることになったと告げられ、あわてて病院に向かった。手術後、若くて精悍な顔立ちの女医の先生が写真を見せながら、「ここに腫瘍があります。今回は応急処置をしました」と言った。「精密検査をして、他に転移がなければ、臓器を摘出します。転移があれば手術はできないので、抗がん剤治療になります」ドラマや漫画の教えで、後者だとアウトだなと思った。

 

検査結果が出るまでの間、不安で仕事が手につかなかった。母ちゃんがいなくなる。初めて、母の死をリアルに意識した。僕は、今まで母になにかしてあげられただろうか。そんな後悔の念に駆られて、母が元気になったら一緒にやりたいことを「かあちゃんとやることリスト」にまとめた。神様に「片目ぐらいならなくなってもいいから母を殺さないでください」とお願いした。

 

結果としては、無事手術ができ、今は「あの頃(病気の頃)の体重に戻りたい」と不謹慎なことを言うまでに回復した。そういえば、僕の「かあちゃんとやることリスト」も何処かへ消えた。

 

元気になろう。
こんな秋晴れの日に昼間から母親のことを想いながら記事をかいている場合ではない。
かあちゃん、心配かけてごめんなさい。
自慢の息子は、少し休んだら復活するのでよろしく。
アイロン、ありがとう。

適応障害は温泉旅行で良くなるのか?

ストレス解消!と言うと、真っ先に連想するのは温泉旅行。

「温泉にでもゆっくりつかって、美味しいもの食べて、ストレス解消してきたら?」というフレーズは、もはや常套句だ。

適応障害という病気は、ざっくりいうと、この「ストレス」が原因。ストレス因を取り除く、ないし離れることによって症状が改善するのであれば、温泉はうってつけではないか。

そんなこじつけで、体調が良くなってきたこともあり、先日の9月の3連休を利用して兵庫県城崎温泉に行ってきた。

 

 

城崎温泉って何処?

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城崎温泉(きのさきおんせん)は、兵庫県豊岡市という、兵庫県の上の方(日本海側)にある歴史ある温泉地。
ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで二つ星として掲載されたらしい。
あの泣き叫んだ記者会見で一世風靡した、野々村竜太郎元兵庫県県議会議員が106回日帰り出張していたと場所としても有名。

温泉街の中心を川が流れ、その両岸に情緒ある温泉宿やお店が立ち並び、絵に描いたような宿場町を思わせる街並み。そこを、浴衣の観光客が、下駄をからんころんと響かせながら歩いている光景は、なんともいえない風情があり、今まで訪れた温泉地の中でも雰囲気は抜群だった。


城崎温泉といえば外湯巡り

城崎温泉には、城崎7湯と言われる「鴻の湯」、「まんだら湯」、「御所の湯」、「一の湯」、「柳湯」、「地蔵湯」、「さとの湯」という、7つの「外湯」がある。
観光客は、旅館・ホテルに着いたら、浴衣に着替え、この外湯をまわるのが城崎温泉の定番コースだ。

城崎温泉のおすすめ外湯ベスト3

第1位「一の湯」

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町の中心にある城崎温泉の象徴。洞窟温泉がある。広さと雰囲気がちょうどいい。

第2位「御所の湯」

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神社かと思った。山肌きわきわから流れ落ちてくる露天風呂が良かった。

第3位「鴻の湯」

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一番最初に入ったから印象深い。こうのとりが足の傷を癒しに入りに来た温泉。
※写真は撮り忘れたので、近くにあった源泉。

 
城崎温泉適応障害に効く?

うっかり旅日記になりそうなので、話を元に戻す。
ストレス解消は温泉!ということであれば、適応障害の療養には温泉旅行が良いのではないか?という仮説を検証すべく温泉旅行に来たわけだが、城崎温泉の効能はどうなんだろう。

効能:神経痛・筋肉痛・うちみ・慢性・消化器病・痔病・疲労回復 他
泉質:ナトリウム・カルシウム-塩化物・高温泉

城崎温泉観光協会サイトより引用

「温泉のプロが厳選、「うつ病」に効果がありそうな全国の4つの温泉」によると、ストレスによる諸症状に効果的な泉質(医学的な根拠はないけれど)は、「含二酸化炭素ーナトリウム・カルシウムー塩化物・硫酸塩泉」だそうだ。

なんか、よくわからないが、ナトリウム・カルシウムとか塩化物とか入っているので、それなりに効く(相性が良い)ということで良いのではないだろうか。


まとめ

妻の「連休に温泉でも行こうよ」の一言で急遽決まった今回の城崎温泉旅行。
結果どうだったかというと、正直、帰りの道中は心身ともに疲れ果て、妻にほぼほぼ運転してもらい申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、旅行中は、自分が適応障害という病気にかかっていることや、仕事を休職していることを忘れるくらいリラックスできた。

温泉につかっているときは、「よし、早く元気になって、また来よう!」と前向きな思考にもなった。

きっと大丈夫。どうにかなる。

城崎温泉の深くて熱いお湯に浸かることでそう思えたので、城崎温泉適応障害の治療に良いと結論付けたいと思う。

適応障害の休職期間の目安は?

休職期間に入って2週間が経過。

ストレスの原因となっていた仕事から離れたことで、体調も徐々に良くなり、頭を抱えて塞ぎ込むようなことは少なくなってきたが、まだまだ夜になると抑うつ感に襲われたり、何をするのもおっくうでただボーっとしたりする日があったりと、不安定な日々が続いている。あと確実に頭の回転が鈍くなっていて、たまに人と話すときに、自分の頭の回転の鈍さに悲しくなる。

そして、何より今一番苦しいのは、「俺、こんなことしてて大丈夫か?」という焦りと、「ちゃんと復職できるのか?」という不安。

心療内科の先生曰く、「人間の心っていうのは、元に戻るのに結構時間がかかるもので、1週間や2週間で戻るもんじゃない。でも、必ず戻りはするんだけどね。」

で、どんくらい休めば復活できるの?

同じような疑問、不安を抱えている人もいると思うので、せっかくなので調べたことをまとめつつ、自分の考えを整理できたらと思う。

 

 
適応障害の休職期間ってどれくらい必要?

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何となくそう言うだろうとは思っていたが、先生に訊いてみたところ、

「人と状態によるね」

適応障害は、ストレスの原因となるものから離れてしまえば6か月以内には改善するとは言われていて、たいていの場合、3か月以内には元通りの精神状態に回復するらしい。
しかし、ストレスの原因が取り除かれない場合は、症状が慢性化し回復に時間がかかり、そのままうつ病へ移行してしまう場合もあるそうだ。

僕の場合、最初の診断では2週間(9月末まで)休めといわれ、翌週2回目の診断で1か月延長(10月末まで)となった。
1週間経過して、状態が回復に向かっていないのをみて期間延長としたんだと思うが、診断書2回分の費用(1枚2000円×2枚)かかったので、最初から10月末までとしてくれれば…と思ったが、もしかしたら、いきなり1か月半も休めと言われたら驚くかなという先生の配慮なのかと勝手に想像したりもした。

結果的に、2週間たった今、復帰できるかと言われたら正直無理だし、あと1か月で復職と考えるとちょっと不安になるぐらいの状態。
先生も、「最低でも、10月末ぐらいまでは休めるなら休んだら?」という言い方だったので、ある意味、順当な経過なのかもしれない。


休職期間が終わったらどうする?

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今はまだしっかり考えていない(先生から考えるなとも言われているので…)が、休職期間終了後、どうするのか?ということを休職期間中に考えなくてはいけない。
選択肢としては、以下のいずれかだと思う。

①元通り復職する

先にも書いたが、適応障害は、ストレスの原因から離れて治る病気なので、普通に考えて、この選択肢はない。再発してしまうのが目に見える。

②会社と話し合い何らかの環境改善をしたうえで復職する

ストレスの原因が人間関係や仕事の内容なら部署異動をしてもらう等、ある意味、無難で最適な形だとは思う。もちろん自分で決めれることではないので、会社側との話し合いが必要。

僕の場合、会社の上司と社長が元同僚という特殊な環境で、会社側と話し合いをすること自体は、他の人達と比べてわりと障害が低い。会社側が受け入れてくれるかどうかは別問題だが、交渉はできると思う。ただ、そこまでして今の会社にいたいのかというと微妙なところで、何より、ほかの人の目が怖いのが今の正直な気持ち。

③転職する

部署異動等の環境改善が叶わない場合や、そもそもその会社にいること自体がストレスの要因となっている場合は、転職するのがベストだと思う。
仕事は選ばなければたくさんあるし、心を壊してしまうような会社に居続ける必要はないと思う。

フリーランスとしてやっていく

会社員をやめてしまって、独立・フリーランスとしてやっていくという選択肢もある。スキル、経験、人脈等、必要なものは数多あると思うが、そういう生き方を選択しても良いと思う。

⑤とりあえず退職する

転職先も見つからない、フリーランスでやっていく自信はない。だからといって、無理やり復職するのは絶対NG。病気が再発しては元も子もない。体が元気であれば、いつでもどこでも働けるが、心が完全に壊れてしまってうつ病などになると取り返しがつかない。そんなことになるぐらいなら、退職しよう。当面は、傷病手当金や失業保険などの経済支援金で生活自体はできるはず。

 

今現在、④に憧れつつ、現実的には②か③なのかなというところ。
本音をいうと、今の会社に戻りたくはない。
だけど、家族もいるし、家のローンもある。好き勝手できる年齢でも状況でもないのは百も承知している。
自分はどうしたいのか。
適応障害という病気がチャンスをくれたと思って、しっかり自分と向き合わなければいけない。


まとめ

適応障害の休職期間は、人と状況によるが、個人的には2か月~3か月は必要ではないかと思う

まずは体調をしっかり回復させて、今回の原因を振り返り、これからのどうするのかをしっかり考える。ある程度道筋を立てたうえで、再発しないよう対策を立てながら、社会復帰のリハビリをする。

人生90年だとしたら、まだ半分も生きていない。

適応障害という病気になってしまったことを後悔してもしょうがないので、こんな長期間休養をさせてもらえるということに感謝し、しっかり自分自身と向き合って、これからの長い人生が楽しくなるための充電期間と捉えて過ごしたいと思う。

適応障害で休職して1週間の症状を日記で振り返る

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適応障害で会社を休職し始めて約10日。体調も落ち着き、やることがないので、これまでの症状の記録をまとめていくことにする。

※日記の内容は、個人的に記録用につけていたものを、世の中に公開してもいい状態に多少手直しした。

 

 

9月13日(2日目)「黒い手に引っ張られる」

5時半に目が覚めた。薬のせいか、眠りが深い。頭と体が重たい。床から黒い手が伸びてきて、体が下に引っ張られているみたい。

なんにもできない。

テレビがしんどい。つかれる。無意味にイライラする。読書なんてする気もおこらない。昨日まで一日中触っていたはずのパソコンも、20分ぐらいで嫌になった。

一日中、不安の波が寄せては返しで、ベットに倒れ込む、ソファーに倒れ込む、を繰り返した。
一定の間隔で同じ行動を繰り返しながら、「あぁ、心が壊れるというのはこういうことなんだ」と、冷静に自分を考察した。

もしかして、僕は、会社にいきたくないから適応障害のふりをしているんじゃないか?逃げているだけなんじゃないか?
とにかく不安で、とにかく悲しくて、つらい。
動悸がする。

 

9月14日(3日目)「適応障害は自分だけじゃない」

だいぶ落ち着いてきたので、ネットで「適応障害」について調べて、同じ適応障害の方のブログを読み漁った。自分と同じ病気の人がいることを認識することで、気持ちがどんどん楽になった。
適応障害の人は世の中にたくさんいるんだ。僕だけじゃない。

今日は映画を2本観た。先生から、今はこれからのことはあれこれ考えないようにと言われたが、その制御が効かない。映画を見ている間は、映画の世界の中に入り込むので、あれこれ考えず過ごせる。

ちなみに今日観た映画は「永い言い訳」と「しあわせのパン」だ。

感想をまとめる気力はないので割愛するが、どちらもとても面白かった。「しあわせのパン」は、少しリアリティをあえて薄くした、どこか絵本の中のような設定・演出が、今の僕には心地よかった。何より、原田知世が綺麗すぎる。癒やされた。

映画を2本観て少し疲れたので、テレビを消して窓を開けた。鈴虫の鳴き声がとても大きく聞こえた。自然の音に耳を傾けるなんて、何年もしてきてなかった気がする。しばらく窓の外をみながらぼーっとして、そのまま洗濯物を畳んだ。

いつも効率効率と、ながら作業が当たり前で、「洗濯物を畳む」と「録り貯めたテレビを観る」は必ずセットだったが、別に、「洗濯物を畳む」単品でも良いのだ。セットである必要はどこにもない。ゆっくり丁寧に生きるという選択肢も僕にはあるんだ。

 

9月15日(4日目)「今後のことは"なるべく"考えない」

今日は「今後のことはなるべく考えないようにする」という目標を立てた。
”なるべく”としたのは、一切考えないのは多分無理で、無駄に「できなかったー…」と落ち込みたくないからだ。

少し気分も良いので、外出してみることにした。
そういえば、太陽の光を浴びると、なんとかかんとかという物質が脳から分泌されて自律神経に良いみたいなことが、誰かのブログに書いてあったような気がする。家の中にずっといても憂鬱になるだけだ。

しばらく乗っていなかった、僕の愛車「cannondale quick7」のタイヤに空気を入れて出発。
昨日映画を観ることは嫌じゃなかったの、久々にTSUTAYAに行ってみた。

最近はAmazonプライム・ビデオやSpotifyという、とても便利なサービスのおかげで、家でいつでも好きな映画や好きな音楽を手軽に楽しめる。TSUTAYAに行くのは数年ぶりだ。
映画とCDを適当に物色してレジに向かうと、レジがセルフレジになっていることに衝撃を受けた。
確かにこのご時世、どんなものを借りているかを見られるということは、プライバシーの観点から好ましくないとは思っていたが、そうか、この手があったか。
エロDVDも、女性店員じゃないタイミングを見計らったり、3本借りて真ん中に挟むという小技を繰り出さずとも気軽に借りれるわけだ。素晴らしい。
一応、部屋の片隅の囲われた18歳以上限定スペースに入ってみたが、僕のリトル僕も体調不良のためピンと来ず、普通の?DVDとCDを数枚借りて帰宅した。
元気になったらまた必ず来よう。そう心に誓った。

 

9月16日(5日目)「適応障害になっちゃいまして(笑)」

今朝は、何をやるのも面倒くさくて大変だった。
服を着るのが面倒くさくて、ちょっと薄ら寒いのにパンツ一枚でグダグダしていて、自分が病気なのを再認識した。

午前中、山に森林浴に出かけた。昨日行った温泉の日替わり湯が「ひのきの香り」で、その香りにとても癒されたので、山に行きたいと思ったからだ。
先日の豪雨災害の被害のため、目的地への道が通行止めになっていたため、急遽目的地を変更した。別にボーっとできるとこなら、どこでも良かった。
「自然のパワーをもらう」みたいな言葉をよく耳にするが、目の前にある山や川をみながら、なんとなく回復させてもらっているような気分になり、このことかと思った。

夜、仲の良い夫婦と食事の約束をしていたため、早めに帰宅。
さすがに少し疲れたので、YouTubeで「自立神経を整える音楽」を聴きながら休憩。
楽しみではあるものの、かなり不安だった。途中で変になったらどうしよう、しんどくなったらかっこ悪いな。この5日間、病院の先生と妻以外とはまともにコミュニケーションをとっていないし、酒も飲んでいない。いろんなことを考えて、気持ち悪くなった。

店に到着し、とりあえず注文。ビールが来るまでの間に打ち明けた。
「俺、適応障害っていう病気になっちゃいまして。うつ病の軽いやつみたいな(笑)」
事実を正確に伝えつつ、あんまり心配しないで普通に接してもらいたいという気持ちを最大限込めた説明だ。
「病気いじりはいいけど、仕事いじりはやめてね」という妻のナイスフォローもあり、驚きはしたものの予想以上に普通に受け入れてくれた。

驚いたのは、旦那さんも同じ病気の未遂をしたことがあるということをカミングアウト。
2週間ばかり休んだことがあるらしい。「あの時は、甲府に一人旅したなー」など、療養休暇中の旅行話で盛り上がった。お酒も1杯だけのつもりが、結局4杯飲んだ。

こんな日記をだれか読んでくれているかわからないが、参考までに、今日言ってもらった言葉を紹介しておく。

適応障害と打ち明けた時のうれしかったリアクション
  • 全然普通だね
  • うちの会社にもいっぱいいるよ
  • なんも考えずに遊んだらいいんだよ
  • 戻りたくなかったら辞めたらいいじゃん
  • 大丈夫?(笑)

適応障害というよくわからない病気になってしまって不安でしょうがない気持ちと、これからどうしたら良いのかという不安。だけど、普通に接してほしいという僕の願望をすべて叶えてくれた最高の反応と言葉だった。
早く、またこの夫婦と心から楽しめるようになりたい。

 

9月17日(6日目)「ネガティブ思考が優勢」

朝4時半に目が覚める。ここ最近ずっとそうだ。中途覚醒というらしい。
先生からは「もっとしっかり寝て脳を休めなさい」と睡眠薬を処方されているのだが、元々朝方で早起き体質であったのと、そこまで気になってないし、どうせ昼寝したらいいだろうという理由で、睡眠薬は飲んでいない。

昨日の飲み会でとても楽しくはしゃいだ反動か、今日はネガティブ思考が優勢だ。
確実に良くはなってきている気がするが、いつかは今後のことを考えないと思うと不安で仕方がない。良くならなければいいのにと思ったりして、自分は病気じゃなくて、逃げているだけなのではないかと自己嫌悪に陥る。

何にもできない。集中力が続かない。だるい。頭痛い。
久しぶりに、日中塞ぎ込むで過ごした。

敬老の日なので、夜、奥さんのおばあちゃんのお祝いを我が家でやる予定になっていた。
このままだときついと思い、気分が好転することを信じて、自転車で銭湯に行った。
脱衣所でしらないおじいちゃんに「兄ちゃん、降り出したか?」と聞かれ、「雨ですか?いや、まだ降ってないですよ」と答えた。
湯船に腰かけて、ぼぉーとしていると、窓から涼しい風が入ってきて、秋だなあと感じた。

体調も戻り、夜の宴会はなんとかやり過ごせた。途中、しんどくなってテレビを見るふりをして、一人テーブルを離れた。
妻にいうと、もともとそういう大人数が集まるの好きじゃないじゃんと言われた。
確かにそうだ。何かと病気のせいにしてしまうが、もともと、僕はそんなちゃんとした人間じゃないんだ。

 

9月18日(7日目)「僕のタスク」

朝はたいていだるい。健康な時は、朝起きたら、風呂につかりながら読書をするのが習慣だった。今は、風呂に入るのも読書をするのも嫌だ。ダブルで嫌だ。
ふらふらしながらパソコンの前に座り、ブックマークしているサイトやTwitterを見る。検索したりする気力はない。で、徐々にましになっていく感じ。

昨日の銭湯で気分がとても良くなったのに味をしめ、隣の街の温泉に行ってきた。外食でラーメンも食べた。
こういう気分の良い日に、これからのことを考えた方が良いのかもと頭をよぎるが、気分が悪くなると嫌なので辞めた。先送りだ。
今は、何も考えない。とにかく好きなことだけをする。
それが僕のタスクだ。