僕の適応障害の記録

適応障害で休職中のアラフォーWebディレクターが復活するまでを綴るブログです。

適応障害で休職して1週間の症状を日記で振り返る

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適応障害で会社を休職し始めて約10日。体調も落ち着き、やることがないので、これまでの症状の記録をまとめていくことにする。

※日記の内容は、個人的に記録用につけていたものを、世の中に公開してもいい状態に多少手直しした。

 

 

9月13日(2日目)「黒い手に引っ張られる」

5時半に目が覚めた。薬のせいか、眠りが深い。頭と体が重たい。床から黒い手が伸びてきて、体が下に引っ張られているみたい。

なんにもできない。

テレビがしんどい。つかれる。無意味にイライラする。読書なんてする気もおこらない。昨日まで一日中触っていたはずのパソコンも、20分ぐらいで嫌になった。

一日中、不安の波が寄せては返しで、ベットに倒れ込む、ソファーに倒れ込む、を繰り返した。
一定の間隔で同じ行動を繰り返しながら、「あぁ、心が壊れるというのはこういうことなんだ」と、冷静に自分を考察した。

もしかして、僕は、会社にいきたくないから適応障害のふりをしているんじゃないか?逃げているだけなんじゃないか?
とにかく不安で、とにかく悲しくて、つらい。
動悸がする。

 

9月14日(3日目)「適応障害は自分だけじゃない」

だいぶ落ち着いてきたので、ネットで「適応障害」について調べて、同じ適応障害の方のブログを読み漁った。自分と同じ病気の人がいることを認識することで、気持ちがどんどん楽になった。
適応障害の人は世の中にたくさんいるんだ。僕だけじゃない。

今日は映画を2本観た。先生から、今はこれからのことはあれこれ考えないようにと言われたが、その制御が効かない。映画を見ている間は、映画の世界の中に入り込むので、あれこれ考えず過ごせる。

ちなみに今日観た映画は「永い言い訳」と「しあわせのパン」だ。

感想をまとめる気力はないので割愛するが、どちらもとても面白かった。「しあわせのパン」は、少しリアリティをあえて薄くした、どこか絵本の中のような設定・演出が、今の僕には心地よかった。何より、原田知世が綺麗すぎる。癒やされた。

映画を2本観て少し疲れたので、テレビを消して窓を開けた。鈴虫の鳴き声がとても大きく聞こえた。自然の音に耳を傾けるなんて、何年もしてきてなかった気がする。しばらく窓の外をみながらぼーっとして、そのまま洗濯物を畳んだ。

いつも効率効率と、ながら作業が当たり前で、「洗濯物を畳む」と「録り貯めたテレビを観る」は必ずセットだったが、別に、「洗濯物を畳む」単品でも良いのだ。セットである必要はどこにもない。ゆっくり丁寧に生きるという選択肢も僕にはあるんだ。

 

9月15日(4日目)「今後のことは"なるべく"考えない」

今日は「今後のことはなるべく考えないようにする」という目標を立てた。
”なるべく”としたのは、一切考えないのは多分無理で、無駄に「できなかったー…」と落ち込みたくないからだ。

少し気分も良いので、外出してみることにした。
そういえば、太陽の光を浴びると、なんとかかんとかという物質が脳から分泌されて自律神経に良いみたいなことが、誰かのブログに書いてあったような気がする。家の中にずっといても憂鬱になるだけだ。

しばらく乗っていなかった、僕の愛車「cannondale quick7」のタイヤに空気を入れて出発。
昨日映画を観ることは嫌じゃなかったの、久々にTSUTAYAに行ってみた。

最近はAmazonプライム・ビデオやSpotifyという、とても便利なサービスのおかげで、家でいつでも好きな映画や好きな音楽を手軽に楽しめる。TSUTAYAに行くのは数年ぶりだ。
映画とCDを適当に物色してレジに向かうと、レジがセルフレジになっていることに衝撃を受けた。
確かにこのご時世、どんなものを借りているかを見られるということは、プライバシーの観点から好ましくないとは思っていたが、そうか、この手があったか。
エロDVDも、女性店員じゃないタイミングを見計らったり、3本借りて真ん中に挟むという小技を繰り出さずとも気軽に借りれるわけだ。素晴らしい。
一応、部屋の片隅の囲われた18歳以上限定スペースに入ってみたが、僕のリトル僕も体調不良のためピンと来ず、普通の?DVDとCDを数枚借りて帰宅した。
元気になったらまた必ず来よう。そう心に誓った。

 

9月16日(5日目)「適応障害になっちゃいまして(笑)」

今朝は、何をやるのも面倒くさくて大変だった。
服を着るのが面倒くさくて、ちょっと薄ら寒いのにパンツ一枚でグダグダしていて、自分が病気なのを再認識した。

午前中、山に森林浴に出かけた。昨日行った温泉の日替わり湯が「ひのきの香り」で、その香りにとても癒されたので、山に行きたいと思ったからだ。
先日の豪雨災害の被害のため、目的地への道が通行止めになっていたため、急遽目的地を変更した。別にボーっとできるとこなら、どこでも良かった。
「自然のパワーをもらう」みたいな言葉をよく耳にするが、目の前にある山や川をみながら、なんとなく回復させてもらっているような気分になり、このことかと思った。

夜、仲の良い夫婦と食事の約束をしていたため、早めに帰宅。
さすがに少し疲れたので、YouTubeで「自立神経を整える音楽」を聴きながら休憩。
楽しみではあるものの、かなり不安だった。途中で変になったらどうしよう、しんどくなったらかっこ悪いな。この5日間、病院の先生と妻以外とはまともにコミュニケーションをとっていないし、酒も飲んでいない。いろんなことを考えて、気持ち悪くなった。

店に到着し、とりあえず注文。ビールが来るまでの間に打ち明けた。
「俺、適応障害っていう病気になっちゃいまして。うつ病の軽いやつみたいな(笑)」
事実を正確に伝えつつ、あんまり心配しないで普通に接してもらいたいという気持ちを最大限込めた説明だ。
「病気いじりはいいけど、仕事いじりはやめてね」という妻のナイスフォローもあり、驚きはしたものの予想以上に普通に受け入れてくれた。

驚いたのは、旦那さんも同じ病気の未遂をしたことがあるということをカミングアウト。
2週間ばかり休んだことがあるらしい。「あの時は、甲府に一人旅したなー」など、療養休暇中の旅行話で盛り上がった。お酒も1杯だけのつもりが、結局4杯飲んだ。

こんな日記をだれか読んでくれているかわからないが、参考までに、今日言ってもらった言葉を紹介しておく。

適応障害と打ち明けた時のうれしかったリアクション
  • 全然普通だね
  • うちの会社にもいっぱいいるよ
  • なんも考えずに遊んだらいいんだよ
  • 戻りたくなかったら辞めたらいいじゃん
  • 大丈夫?(笑)

適応障害というよくわからない病気になってしまって不安でしょうがない気持ちと、これからどうしたら良いのかという不安。だけど、普通に接してほしいという僕の願望をすべて叶えてくれた最高の反応と言葉だった。
早く、またこの夫婦と心から楽しめるようになりたい。

 

9月17日(6日目)「ネガティブ思考が優勢」

朝4時半に目が覚める。ここ最近ずっとそうだ。中途覚醒というらしい。
先生からは「もっとしっかり寝て脳を休めなさい」と睡眠薬を処方されているのだが、元々朝方で早起き体質であったのと、そこまで気になってないし、どうせ昼寝したらいいだろうという理由で、睡眠薬は飲んでいない。

昨日の飲み会でとても楽しくはしゃいだ反動か、今日はネガティブ思考が優勢だ。
確実に良くはなってきている気がするが、いつかは今後のことを考えないと思うと不安で仕方がない。良くならなければいいのにと思ったりして、自分は病気じゃなくて、逃げているだけなのではないかと自己嫌悪に陥る。

何にもできない。集中力が続かない。だるい。頭痛い。
久しぶりに、日中塞ぎ込むで過ごした。

敬老の日なので、夜、奥さんのおばあちゃんのお祝いを我が家でやる予定になっていた。
このままだときついと思い、気分が好転することを信じて、自転車で銭湯に行った。
脱衣所でしらないおじいちゃんに「兄ちゃん、降り出したか?」と聞かれ、「雨ですか?いや、まだ降ってないですよ」と答えた。
湯船に腰かけて、ぼぉーとしていると、窓から涼しい風が入ってきて、秋だなあと感じた。

体調も戻り、夜の宴会はなんとかやり過ごせた。途中、しんどくなってテレビを見るふりをして、一人テーブルを離れた。
妻にいうと、もともとそういう大人数が集まるの好きじゃないじゃんと言われた。
確かにそうだ。何かと病気のせいにしてしまうが、もともと、僕はそんなちゃんとした人間じゃないんだ。

 

9月18日(7日目)「僕のタスク」

朝はたいていだるい。健康な時は、朝起きたら、風呂につかりながら読書をするのが習慣だった。今は、風呂に入るのも読書をするのも嫌だ。ダブルで嫌だ。
ふらふらしながらパソコンの前に座り、ブックマークしているサイトやTwitterを見る。検索したりする気力はない。で、徐々にましになっていく感じ。

昨日の銭湯で気分がとても良くなったのに味をしめ、隣の街の温泉に行ってきた。外食でラーメンも食べた。
こういう気分の良い日に、これからのことを考えた方が良いのかもと頭をよぎるが、気分が悪くなると嫌なので辞めた。先送りだ。
今は、何も考えない。とにかく好きなことだけをする。
それが僕のタスクだ。