僕の適応障害の記録

適応障害で休職中のアラフォーWebディレクターが復活するまでを綴るブログです。

はじめての適応障害。はじめての心療内科。

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適応障害という診断を受けて1週間。浮き沈みはあるものの、体調がだいぶ良くなってきたので、自分の症状や過程の記録をつける意味で、このブログにまとめていこうと思う。

先生からは、あまり脳をつかうようなことはしないようにと言われているが、一方、あなたがやりたいことをやりなさいとも言われているので、「文章を書きたい」という気持ちを優先してみる。

この文章が、同じ適応障害で悩んでいる方の参考になったり、少しでも不安を取り除ける手助けになればいいなと思う。

 

 

朝食での異変

9月12日。前日、会社に行きたくなくて体調不良で休んだため、今日はいかねば…と、朝の支度を開始。いつも通り、風呂にはいって髭を剃る。その間に、妻がパンを焼いてくれて、朝食の準備が整った食卓に座る。我が家のあさのテレビはZIPだ。

パンを半分食べたくらいで、食べれなくなる。おなかがいっぱいという感覚よりは、食べるのがしんどいという感覚。妻に、「ごめん、なんか食べれない」って言ったとたんに、目から涙がこぼれだした。

どちらかというと、男たるもの女の前で涙なんて、という考えの持ち主で、結婚して14年、妻の前で泣いたことなんて2回ほどしかなかった僕。自分自信、突然の涙に驚きはしたが、はずかしいとかそういうことを考える余裕はあの時はなかった。

「しんどかったら帰ってくるんだよ」と妻に見送られ、会社に向かった。

 

会社で仕事ができない

会社に到着するや否や、昨日休んでいたこともあり、「〇〇さん、大丈夫!?」と声をかけてくれる同僚たち。ありがとうございます。

席に座り、パソコンを立ち上げて、メールやチャットワークをチェック。昨日丸一日ほったらかしにしていたので、当然未読の嵐。まずはここからだと目を通そうとするが、すぐに面倒くさくなって、もういいや…と、一括で既読にしてしまう。

やる気が起こらない。

そんなこんなしていると、上司からなぜかスタッフ全員がみているチャットワークで「大丈夫?」とメッセージが届く。動悸がする。なぜここで訊くのかと、少しイライラもしたので「あんまり大丈夫じゃないですが、出社しました」と素っ気ない返答。

 このあたりから少し自分でも様子がおかしくなってきていることを感じていた。

部下からの確認依頼や相談なども、正直どうでもよくて「それでいいと思います」とやっつける。他部門のリーダーからの相談なども聞いているけど聞いていない状態。

なんとか最初の仕事を終わらせて次の仕事をやろうとしたとき、完全に思考が停止。キーボードに手を置いたまま、モニタの一点を凝視して固まっている自分。

これは確実にやばい。

いったん会社の外に出て5分程うろつく。事務所に戻るのが怖くなり、トイレの鏡の前で立ち尽くす。どうにかここから逃げ出せないかを考えていた気がする。

 

上司への相談と涙

何とかトイレから出たものの、やはり事務所に戻るのは嫌で、再び建物の中をうろうろ彷徨っていたところ、階段で上司と遭遇。僕の様子のおかしさに「どうした!?大丈夫?」と声をかけてくれて別室へ移動。

ここ最近メンタルがおかしかったこと、つらかったことを話しているうちに、涙が止まらなくなり、完全に感情崩壊。

上司はとてもやさしくフォローしてくれたり、アドバイスをしてくれたが、そういうのが欲しいわけじゃなくて、とにかく自分が怖いから、病院に行かしてほしいと告げ、早退をさせてもらう。

 

心療内科の診療予約の電話ができない

帰宅して、いったん、妻に電話。「俺、帰ってきた。病院行ってくる…」で再び泣き出す。おじさん今日3回目の涙。「一緒にいこうか?」と言ってくれたが、すこし照れ臭いのと(この感情はあるんだ…)、いない方が先生にいろいろ喋れると思い、一人でいくことにした。

病院は、どうせ通院するだろうなと思い、近所の病院をGoogleMapで検索して、なんとなくホームページの雰囲気と先生の顔写真で決定。ちなみに、近くて評判の良い病院も見つけたが、先生が茶髪なのでやめた。

見つけた病院が完全予約制と書いてあったので、電話をしようと思ったが、かけられない。

病院に行ったら、病気と言われてしまうことへの不安。

この時は、自分は多分うつ病だと勝手に思い込んでいたので、うつ病と認めらてしまうと僕はどうなるんだ?という不安。いつぞや会社の人と、「うつ病なんて、サラリーマンの大半うつ病で、病院行くか行かないかの違いだけなんじゃねーの?」という、今思うとアホでデリカシーのない会話をしていたのだが、そういう思い込みもあり、ここにきて尻込みをしてしまう自分がいた。

スマホを握って1時間、「…いや、でも、いかないわけにはいかないでしょ」と、意を決してダイヤル。

受診したいんですが、今日って空いてますか?

17時から無事予約がとれたので、時間までしばらくリビングで横になった。そういえば、お昼ご飯を食べていない。空腹感を感じながらも、ぼんやり天井のシーリングファンが回転するのをずっと眺めて、時間が過ぎるのを待った。

 

人生初の心療内科

予約時間の10分前に病院に到着。二重構造のエントランスを抜け、中に入ると、女性スタッフの方がわざわざ立ってお出迎えしてくれた。ジャンルがジャンルだけに、無理やりなアットホーム感を演出しているのかと思っていたが、予想に反して、厳かで落ち着いた対応で少しとまどった。

待合室は、大きなソファーが1つと椅子が6脚ぐらい。本棚には様々なジャンルの本と漫画が並べられていて、「仕事っておもしろい」というタイトルの本が目に入る。目の前の壁にはどこか懐かしい気持ちにさせる街の絵が飾られていた。

一番手前の椅子に腰かけて5分ほどで、奥から「〇〇さん、どうぞー」という先生の声がした。あー、「〇〇さーん」って言っちゃうのねと思いながら入室。

先生は、50歳後半の男性の先生。両端が下がったたれ目のメガネが印象的。事前に書いた問診票をみながら、診察が進む。基本は、先生が質問をして、僕が答える。先生が「あーそう、うんうん」といった普通の相槌を挟みながら、しゃべりたいことをどんどんしゃべりなさいという空気を醸し出してくれて、とにかくしゃべった。

なぜ今日来たのか、何があったのか、予兆はあったのか、考えられる原因、入社の経緯、これまでの社会人生活。

30分ぐらいしゃべったところで、先生から適応障害の症状であることと薬について説明があり、1週間後の受診の予約をするよう促される。

「…先生、明日会社行きたくないです」

僕はすがるような思いで先生に泣きついた。欲しかったのは、病気の説明でも薬でもなく、「もう会社いかなくてもいいよ」という言葉だったんだと思う。

言い忘れていただけなのか、休む前提の話だったのか理由はよくわからないが、先生は当たり前だろうという顔で「はい、休めるのであれば当然休んでください。診断書書きますね。期間どのくらいにしておきますか?」と。

診察の結果、適応障害の疾患名で〇月〇日~〇月〇日までの間(約2週間)、自宅安静・通院加療を要する見込み

という、人生初の診断書をもらい、人生初の心療内科の受診終了。薬局で『エチゾラム0.5mg』と『ツムラ柴胡加竜骨牡蛎湯エキス顆粒』という薬を処方され帰宅した。

 

原因の振り返りと決意

15年間務めた前の会社を辞め、今の会社に転職したのが去年の12月。ある種ヘッドハンティングのような入社の仕方で、給料もそこそこもらっていた。

早く給料に見合う結果を出さないといけない。

そんな焦りとは裏腹に、成長中の会社には新戦力が入社し台頭。給料に見合うどころか、周りのレベルが高すぎて、今まで積み上げてきた自信がどんどん崩れていく。得意だったはずのコミュニケーションも上手くいかず、まわりに気を使う日々。しまいには上層部で内部崩壊のような事件も起こり、僕の貧弱なメンタルが悲鳴をあげた。

先生曰く、「適応障害という症状は、あなたの心がもうこれ以上は無理だよと警笛をならしてくれてるようなもの」

これは、神様が「おい、ちょっと休め。休んで色々考えろ。」そう言ってるんだと、都合の良いように解釈して、しばし、社会から離脱しようと決めた。