僕の適応障害の記録

適応障害で休職中のアラフォーWebディレクターが復活するまでを綴るブログです。

イマジネーション

「ヨガに行ってみたら」と妻が言った。
数年前に心療内科にかかったことのある妻の親友から、僕へのアドバイスだそうだ。

 

会社を休んで約一ヶ月。
仕事から離れることで体調は回復したものの、日に日に時間を持て余すようになった。
仕事を休んでいることをストレスに感じてしまう、よくわからない精神状態になっている。
先生からは、なるべく脳を使わないようにと命じられているため、カフェに行く、ブログ書く、映画見る、散歩する、自転車に乗る、銭湯にいく、ウイイレするぐらいが選択肢で、それをどうにか組み替えながら、日々時計の針が進むのを待っている。

 

不思議なもので、やることなく過ごす1日はとても長く感じるのだが、1週間はあっという間に過ぎていく。
どういうメカニズムなのかはわからない。
ただ、クソみたいな1日を送り続けると、人生はあっという間に終わるんだろうなということに気がついた。

 

先日の朝のこと。
いつものように妻は朝食の支度をし、私はその支度が整うのをただ待つ。
平日はパン一択の我が家だが、休日はカップラーメンやカレーといったバラエティに富んだメニューの中から、各々が食べたいものを選ぶというスタイルになる。

 

「ヨガに行ってみたら?」と妻が言った。

 

ヨガ。古代インド発祥の伝統的な宗教的行法で、心身を鍛錬によって制御し、精神を統一して古代インドの人生究極の目標である輪廻転生からの「解脱」に至ろうとする、あのヨガ(ヨーガともいう)のことか?

 

もちろん知っている。1990年代後半以降、宗教色を排した身体的なエクササイズとして、身体的ポーズ(アーサナ)を中心にしたフィットネス的な「現代のヨーガ」が、世界的に流行していることぐらいは、私も知っている。

 

想像してみた。
最近、小洒落たカフェが2Fの空きテナントに入居したことで、今まで誰の目にも止まらなかったおんぼろビルから、アンティークな香り漂うかわいいビルに変貌を遂げた、大通り沿いの雑居ビル最上階。
コンクリート打ちっぱなしの壁に配管むき出しの天井。
床は肌触りにこだわった自然素材のフローリングだ。
昭和レトロな窓には白くて長いカーテンがかかっている。

 

部屋では、レッスンが始まるのを待つ生徒たちが、楽しそうに談笑している。
保育園に子供を預けてきたママ友たち、綺麗な長い黒髪を後ろで一つに縛りストレッチをしているOL、今日が初めてです感を醸し出したジャージにTシャツの二人組女子大生。
グレーのカプリパンツに白のキャミソールという出で立ちのインストラクターは、レッスンで使用するBluetoothスピーカーの設定をしている。

 

入口の扉を半分開け「体験レッスンに来たんですが…」という僕。
「あ。お待ちしてました。どうぞどうぞ。」と笑顔で招き入れるインストラクター。
好意的な態度で、おじさん混じっても全然平気ですよ感を出しながら、実際はちょっと引いている女子たち。
女子集団におじさんが混じるという「異物が混じること」への拒否反応は、論を俟たない。
しかも僕のお腹はぷよぷよしているのだ。

 

動悸がしてきた。想像するだけで。
僕にヨガ(ヨーガともいう)は、少しハードルが高すぎる。色んな意味で。
そもそも、あれは意識高い系女子が女子力をあげるためにやるものではないのか。
僕が今欲しいのは女子力ではなく、ストレスフルな社会に適応する力だ。

 

「そうだね」と妻に返事をし、テレビに視線を戻した。
いつも観ている朝の情報番組のMCが、新しい人に変わっていた。